Ⅰ.はじめに
本記事では、シリコンバレーにおける人工知能[1](Artificial intelligence:以下、AIという)のビックプレイヤー(Google, Apple, Facebook)について紹介すると共に、AI 時代における知財動向について考察します。
出所:ClickZ[2]から抜粋して加工
Ⅱ.Googleの事例
出所:Google
1.Deepmind社を買収~脅威の学習能力を有するAIを開発~
2014年に、GoogleがDeepmind Technologies(以下、Deepmind)という英国のAI企業を約4億ドルで買収しました。Deepmind社は、機械学習とシステム神経科学の技術を使って強力な汎用学習アルゴリズムを構築する企業です。創業者の1人であるDemis Hassabis[3](デミス・ハサビス)氏は天才チェスプレーヤーとしても知られています[4]。
2017年には、Google傘下となったDeepmind社が開発したAI「AlphaGO」(アルファ碁)が、世界最強とされる囲碁棋士 柯潔氏(カ・ケツ)との勝負をし、二局連続で勝利をあげました[5]。
その他、3Dゲーム開発環境「Unity」の開発元であるUnity Technologiesと、AIエージェントの研究で提携しました。AIエージェントのシミュレーションテスト環境を構築する予定で、ロボティクスや自動運転などの分野の改善につながると期待されます[6]。また、最新の情報として、Deepmind社は、英ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)、英ロンドンの眼科専門医療機関「ムーアフィールド眼科病院」と共同で、眼疾病を自動診断するAIを開発しました[7]。スキャン画像による深層学習で精度を高めたAIシステムは、診断において「世界最高レベルの眼科医と同等か、それ以上の成績」を残したといいます。
出所:THE VERGE[8] 出所:C-net Japan[9]
2.「綺麗」という感情を数値化する「画像評価技術:NIMA」
Googleは「NIMA(Neural Image Assessment)」という画像評価技術を発表しました。これは名前の通りニューラルネットワークでディープラーニング[10]を行ない、風景写真を採点してくれるのです[11]。例えば、人は明らかに解像度も低くて暗い写真と、解像度が高くて被写体の輪郭もくっきりしている写真を比べると後者の方を「美しい」と思うのが一般的です。この「一般的に美しい」という質をデータ化し、さらに写真の画像データ(解像度など)と組み合わせることで、人が「美しい」と感じるだろう写真を判断できるということです[12]。
出所:GIZMODO[13]
3.Nestを買収~スマートホームのハブ (ネットワーク機器)
2018年2月に、Googleが、2014年に買収したスマートホーム企業のNestをGoogleのハードウェアチームに迎え入れると発表しました。Nestが作っているのはサーモスタットです。Nestがいうところの「サーモスタット」とは家屋の温度調節をする機器です。Nestには独自のAIが搭載されていて、家に人がいる時間帯を自動で学習します。Nestを設置したら最初は手動でオン・オフや温度を設定するのですが、そうするうちに大体何時に何度くらいにするのかを察してくれます[14]。
出所:Project Casting[15]
4.Googleの自動運転車開発企業“Waymo”
Waymo(ウェイモ)はGoogleが設立したアメリカの自動運転車開発企業です。なお、近年、Googleが自動車の自動運転に関する特許競争力でトヨタ自動車などを逆転し、首位となったことが分かりました。決め手になったのが自動運転車の「頭脳」を担うAIです[16]。
出所:Fusion Worldwide [17]
Ⅱ.Appleの事例
出所:Apple
1.人と対話する一番身近なAI“ Siri ”
SiriはiPhone, iPad, iMac等Appleのデバイスで使えるAI型アシスタントです。“Hey Siri”とiPhoneに話しかけると起動でき、音声だけでiPhone上のいろいろな操作をしたり、わからないことはSiri[18]に聞けたり、使いこなせばとにかく便利です[19]。 出所:iphone mania[20]
2.音声認識アシスタント技術を持っていた「VocalIQ」を買収
2015年にSiriを大幅に上回る音声認識アシスタント技術を持っていた「VocalIQ」を買収し、VocalIQ CEOだったブレイズ・トムソン氏などのスタッフが持つ技術力を上手く活用したことで、Siriのカレンダーリクエストなど多くのSiri機能が向上したと聞きます。
Ⅱ.Facebookの事例
出所:Facebook
1.文章理解エンジンのAI「DeepText」
「DeepText」は、Facebook AI Researchで生まれたディープラーニングを基盤とした文章理解エンジンです。人間が解釈するように、文章を正確に理解し学習していきます。複数のニューラルネットワークの仕組みを利用し、文字レベルで学習をしていきます。Facebook関連サービス開発者は、この仕組みを利用してアプリケーションを開発することができます[23]。
出所:eposts[24]
2.物体検出を行う“Detectron”
Detectronは、物体検出を行うためのコンピュータビジョン・アルゴリズムで、将来的にはAR(Augmented Reality/拡張現実)を含む様々な分野への応用が期待されています。Detecronのアルゴリズムは、動画を解析し、シーンを構成する個々のオブジェクトを推測することができます。「人と物体のインタラクションの検知と認識」のような研究では、環境における物体に対する人間の行動をコンピュータが理解するための基礎としてDetectronが使われています[25]。
出所:ROAD TOVR[26]
Ⅲ. AI 時代における知財動向
1.AI特許の件数について
下記図は、2000年から2016年にかけてのAI技術特許取得数を出願先の国別・技術別に示したものです。今後、AI技術はあらゆる領域のビジネスに浸透するといわれています。
出所:独立行政法人経済産業研究所[27]「AI等が経済に与える影響研究」プロジェクト
出所:米.中.日のAI特許出願数トップ5(2006~16年の合計)日本経済新聞「AIと世界」[28]
2006年から2016年の間、USPTOにAI関連の特許を最も出したのはIBMで、3049件。Microsoft(出願数1866)、Google(出願数979)と続きました。2005年以降、世界の主要国で出願されたAI関連の特許は6万件を超えています。特に2010年から2014年にかけて出願数は7割も増えました[29]。
2.AIによって生み出される創作物の取扱い
AI創作物を対象とした新しい知財制度のあり方についても議論されています。AI創作物を対象に、新たな知財保護の枠組みを考える必要があるとした場合に、それはどのようなものか(権利の主体と保護法益、権利の内容、権利の発生要件、当該保護の枠組みを利用するインセンティブ等)という議論です。仮に、AI創作物(著作権に該当する情報)に現行の著作権と同等の保護を付与すると考えた場合に、どのような問題が生じうるか、また一切の保護が要らないと考えた場合にどのような問題が生じうるか等です[30]。
3.AI特許のオープン化と囲い込み
Google, Amazon, Facebook, Microsoftなどは、自社のエンジニアが機械学習に用いているソフトウェアをオープンソース化[31]したうえで公開しています。テクノロジーの公開は、優秀な研究者や大学院卒の人材の獲得にもつながっています。
これらの企業はAIのオープン化を支持する一方で、同時にAI関連の技術やアプリケーションの権利化にも動いています。全米経済研究所(NBER[32])が発表した調査報告書を見ると、機械学習に関する特許の出願件数が急激に増えていることがわかります[33]。特定の分野で特許申請が増えれば、訴訟も増える傾向にあるという。
2017年には、USPTOはAI特許の精査を専門にした調査官を大幅に増員しています。
出所:USPTO
上記の図は、名称または要約に「Artificial intelligence」という用語を含むUSPTOへの出願の年間カウントを示しています[34]。2016 Economic Report of the Presidentでは、USPTOに登録されたAI特許の数とシェアが2010年以来劇的に増加したと報告されています。
Ⅳ.おわりに
以上のように、AIの最先端技術から知財動向まで述べてきましたが、知財業界においてもAIの利用可能性が模索されています。例えば、AIで特許明細書を自動作成できるツール「Specifio」等があり、弁理士の働き方も変化していくのではないかと思われます。
—-以下、参考文献等—-
(※脚注番号をクリックすると、指定場所に自動で移動できます。)
[1] 人工知能(AI)とは・・・人工的にコンピュータ上などで人間と同様の知能を実現したものと定義されています。なお、AIにはレベルというものがあり、一般に「強いAI」と「弱いAI」に大別されます。強いAIは、汎用人工知能とも呼ばれ、人間の知能に迫って人間の仕事をこなせるようになり、幅広い知識と何らかの自意識を持つものです。一方で、弱いAIは、特化型人工知能と呼ばれ、全認知能力を必要としない程度の問題解決や推論を行うソフトウェアを指しています。
[2]ClickZ :https://www.clickz.com/resources/gafa-can-learn-acquisition-strategies/gafa-google-apple-facebook-amazon-3/ 2018/09/30参照
[3] イギリスの人工知能研究者、 脳科学者、コンピュータゲームデザイナー、世界的なゲームプレイヤーです。(※主な経歴:Google DeepMind CEO、ケンブリッジ大学卒業、ロンドン大学 認知神経科学博士(Ph.D.)、ハーバード大学 MIT 客員研究員、Mind Sports Olympiad 5度優勝)
[4] ITmedia エンタープライズ https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1401/27/news117.html 2018/09/28参照
[5] IoT https://iotnews.jp/archives/57587 2018/09/28参照
[6] C-net: https://japan.cnet.com/article/35126158/ 2018/09/30参照
[7] TECHABLE:https://techable.jp/archives/81810 2018/09/30参照
[8] THE VERGE https://www.theverge.com/2017/5/22/15675718/google-alphago-china-future-of-go-summit-live-stream-deepmind-ai-2017 2018/10/09 参照
[9] C-net japan https://japan.cnet.com/article/35124057/ 2018/10/09 参照
[10] Deep Learningとは、十分なデータ量があれば、人間の力なしに機械が自動的にデータから特徴を抽出してくれるディープニューラルネットワークを用いた学習のことです。
[11] GIZMODO: https://www.gizmodo.jp/2017/12/google-nima.html 2018/09/30参照
[12] Fashionsnap.com: https://www.fashionsnap.com/article/2017-12-27/google-nima/ 2018/09/30参照
[13] Fashionsnap.com: https://www.fashionsnap.com/article/2017-12-27/google-nima/ 2018/09/30参照
[14] GIZMODO: https://www.gizmodo.jp/2014/07/nest_2.html 2018/10/01参照
[15] GIZMODO: https://www.projectcasting.com/casting-calls-acting-auditions/1000day-googles-nest-commercial-casting-call/
[16]日経新聞:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35273890S8A910C1MM8000/ 2018/10/01参照
[17]Fusion Worldwide https://www.fusionworldwide.net/waymos-self-driving-cars-a-new-way-forward-in-mobility/ 2018/10/01参照
[18] Appleは、音声認識や自然言語処理機能を付け加えた上で、iphone4sからSiriの機能を搭載しました。
[19] Ledge.ai https://ledge.ai/siri_ai/ 2018/10/03参照
[20] 画像 https://iphone-mania.jp/news-219524/ 2018/10/03参照
[21] GIZMODO https://www.gizmodo.jp/2016/06/post_664694.html 2018/10/03参照
[22] iMore https://www.imore.com/how-use-siri-search-google-instead-bing 2018/10/09参照
[23] TECHWAVE https://techwave.jp/archives/deeptext-21812.html 2018/10/03参照
[24] https://www.eposts.co/facebooks-deep-text-project-understanding-humans/
[25] MaguraVR https://www.moguravr.com/facebook-ar/ 2018/10/03参照
[26]https://www.roadtovr.com/facebook-open-sources-detectron-computer-vision-algorithm-for-ar-research/
[27] 藤井 秀道 (長崎大学)/馬奈木 俊介 (ファカルティフェロー)「人工知能技術の研究開発戦略:世界特許分析による実証研究」https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/17e066.html 2018/10/03
[28] 「日本経済新聞」数の米国、攻める中国 AI特許6万件を解剖(2017.2.1公開)
面積が大きいほど出願数が多い。アスタミューゼ[astamuse](コンサルティング事業、人材・キャリア支援事業、知的情報プラットフォーム事業を支援する企業)の調査資料より
[29] 前掲(23)
[30] 「AIによって生み出される創作物の取扱い」内閣官房 知的財産戦略推進事務局
[31] オープンソースとは、人間が理解しやすいプログラミング言語で書かれたコンピュータプログラムであるソースコードを広く一般に公開し、誰でも自由に扱ってよいとする考え方です。
[32](National Bureau of Economic Research, 略称:NBER)は、1920年創立の非営利的な無党派の民間研究組織です。経済学における実証分析の研究に特化した組織で、 特にアメリカ経済の研究を専門としています。
[33] WIRED https://wired.jp/2018/10/04/openness-companies-patent-ai-tech/ 2018/10/04参照
[34] Jason Furman, Robert Seamans [AI and the Economy](2018)